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“疼”téng “宠”chǒng “娇”jiāo “惯”guàn “娇惯”jiāoguàn (趙 怡) ~ 【相原茂:監修】 「どうちがう?似たものことば」(6)


>>目 次

●第6回

好きな日本語の一つに「目に入れても痛くない」という言い回しがある。子供を限りなく可愛がる親心を
見事に表している。似た中国語はというと,


捧在手里怕摔了,含在嘴里怕化了。
Pěngzài shǒuli pà shuāi le,hánzài zuǐli pà huà le.
(手の上に乗せれば,落とすのを恐れて,口の中に含めば,溶けてしまうではないかと恐れる。)


がある。一人っ子(“独生子女”dúshēng zǐnǚ)の多い中国では,こういう表現もますます現実味を帯びてくるようだ。

 「可愛がる」といえば,中国語では“疼”téngという。つまり「(目に入れても)痛くない」ではなく,むしろ心が「疼(いた)く」なるほど可愛がるというべきか。


奶奶最疼小孙子了。 Nǎinai zuì téng xiǎo sūnzi le.
(おばあちゃんは孫が一番可愛い。)



 似たものに“宠”chǒng,“娇”jiāo,“惯”guàn,“娇惯”jiāoguànがある。
いずれも「可愛がる」の意味を持ち,目上の者が目下へ使うときが多い。
“爱”àiや“喜欢”xǐhuānと比べて,対象の範囲が狭く,普通「庇護すべき身内」に限られる。

  奶奶最{疼/宠/娇/惯/娇惯}小孙子了。

  “疼”は「可愛がる」のほか,「哀れむ」,あるいは「気使う」などの意味も含まれる。


他是个孤儿,从小没人疼没人爱的。
Tā shì ge gū'ér, cóng xiǎo méi rén téng méi rén ài de.
(彼は孤児で,小さいときから可愛がってくれるものがいない。)

他可知道疼老婆了。Tā kě zhīdào téng lǎopo le.
(彼は本当に愛妻家だ。)


 一方,“宠”,“娇”,“惯”,“娇惯”は,「可愛がる」+「甘やかす」であるが,“宠”の対象は子供のほか,女性,臣下なども含む(“宠妃”chǒngfēi,“宠臣”chǒngchén)。
つまり地位の高いものが地位の低いものを寵愛することを指す。ちなみにペットは“宠物”という。楊貴妃は唐玄宗の寵愛を独占して,こう歌われた。


后宫佳丽三千人,三千宠爱在一身。(白居易『長恨歌』)
Hòugōng jiālì sān qiān rén,sān qiān chǒngài zài yìshēn.
(後宮の美女は三千人もいるものの,その三千人分の寵愛を一身に集めている。)


 ただ“宠”は現代の「臣下」,つまり部下などにはあまり使えないようだ。
対して“娇”は形容詞として子供や女性の甘えや愛らしい,なまめかしい様子を表すこともあり,動詞としての対象も子供や女性に限定する場合が多い。


这女孩儿真娇。(形容詞)
Zhè nǚháir zhēn jiāo.
(この子は本当にひ弱ですね。)

你不能太娇她,要让她锻炼锻炼。(動詞)
Nǐ bù néng tài jiāo tā, yào ràng tā duànliànduanlian.
(あまり彼女を甘やかさないで,もっと鍛えるべきだ。)


 「甘やかす」の程度として,“宠”と“娇”はまだ多少プラス面を持っているのに対して,“惯”は度を越え,放縦の域に達してしまい,マイナスのイメージが強い。
(“娇惯”は“娇”と“惯”の中間にあろうか。)


这孩子被惯得无法无天了。
Zhè háizi bèi guànde wúfǎ wútiān le.
(この子は甘やかされすぎて,勝手し放題だ。)


 すなわち、「甘やかす」の結果は“坏了”である。


别{宠/娇/惯/娇惯}坏了孩子。
Bié {chǒng/jiāo/guàn/jiāoguàn}huàile háizi.
(子供を甘やかさないでください)


  注意すべきは,“疼坏了”とも言えるが、ここの“坏了”は「悪くなる」という意味の結果補語ではなく,“疼死了”と似て、程度補語である。
 また、“疼坏了”には他の言葉のように目的語をとることはない。(×疼坏了他。×被疼坏了。)

 これらの言葉の異同を表に纏めれば以下のようになる。

“疼” “宠”“娇”“娇惯”“惯”
可愛がる対象身内、目上の者から目下へ(“宠”は臣下にも用い、“娇”は成年男子不可)
可愛がる程度
可愛がる(+哀れむ)→甘やかす→放縦
“〜坏了”〜坏了(-目的語)<程度補語>〜坏了(+目的語)<結果補語>


 要するのに,親としては“疼孩子”は大いになすべきであり,“宠”も“娇 ”もほどほどならまだ許せる。しかし“惯”はだめ,というわけだ。

(執筆:趙 怡)




相原 茂: 東京教育大学修士課程修了。明治大学助教授、お茶の水女子大学教授を経て、
現在中国語教育の第一人者として活躍中。NHK中国語講座を長年担当。
中国語コミュニケーション能力検定(TECC)を実施している中国語コミュニュケーション協会代表。

『はじめての中国語』『 Why?にこたえるはじめての中国語の文法書 』『 中国語空耳ワールド 』等、著書多数。

●相原 茂ホームページ:
MAO的小屋~相原茂の隠れ部屋
http://maoroom.jp/


●中国語コミュニケーション能力検定(TECC)公式HP:
中国語コミュニケーション能力検定(TECC)

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